
《宵待の橋》
油彩・綿布・板
102×260cm

江戸は深川、宵待ちの月夜。草履の鼻緒も見えぬ 暗闇で、ふわりふわり提灯を揺らすはいずこのお武家か、棒縞の小袖を着流しに丈長の黒八丈を羽織って、衣擦れの音もしめやかに堀端を練り歩く。
いずかたよりか呼び声のして、耳を澄ますも誰人の気配もこれ無し。置いてけ堀ではないが本所は目と鼻の先、怪しの声もあるやもしれぬ。涼やかな呼び音に誘われて朱塗りの虹橋に踏み入れば、いつしか月は雲隠れ、朧の闇は木々のまにまに薄明かりへと滲む。ふと見渡せば知らぬ風情の竹林、いずこの夢路に彷徨うたかと我と我が道行きを振り返り、ここは冥途か彼岸の岸辺か、いずれ現し世とは思われぬ。不意に父上さまと呼びかけられて、さて、あれに見ゆるは化生の獣ぞ、稚けなき声音の懐かしさよ。
あすは望月、人恋しの盂蘭盆。黄泉のお客の、一足早いおとないだった。 |